エルサレム

地中海から内陸部に入った標高800メートルの小高いの上に位置する。ユダヤ人が住む西エルサレムと、アラブ人居住区である東エルサレムから成り立つ。

西部はイスラエルの行政区画であるエルサレム地区に属する。東エルサレム第三次中東戦争(1967年)でイスラエルが占領し、編入を宣言したが、多くの諸国とパレスチナ自治政府は認めていない。パレスチナ自治政府は東エルサレムをヨルダン川西岸地区エルサレム県に含まれるとして領有権を主張し、パレスチナ独立後の首都と規定している。

古代イスラエルユダ王国の首都で、エルサレム神殿がかつて存在した。イエス・キリストが処刑された地でもあり、ユダヤ教キリスト教イスラム教共通の聖地となっている

旧市街はユダヤ教・イスラム教・キリスト教の聖地であり、嘆きの壁や聖墳墓教会、岩のドームといった各宗教縁の施設を訪れる人々が絶えない。

旧市街は城壁に囲まれ、東西南北に宗派ごとで四分割されている。北東はムスリム地区、北西はキリスト教徒地区、南西はアルメニア正教徒地区、南東はユダヤ人地区となっている。

現在の城壁はオスマン・トルコ皇帝のスレイマン1世によって建設されたものである。城壁には北側中央にあるダマスクス門から時計回りに、ヘロデ門、獅子門、黄金門、糞門、シオン門、ヤッフォ門、新門の八つの門があり、ここからしか出入りができない。19世紀に作られた新門以外はスレイマン時代より存在する門である。

嘆きの壁はユダヤ人地区の東端にある。嘆きの壁の上はムスリム地区に属し、神殿の丘と呼ばれる、かつてのエルサレム神殿の跡で、ここにはイスラム教の聖地アル=アクサー・モスクやイスラーム建築の傑作とされる岩のドームが建っている。

旧市街がヨルダン領であった時代にはユダヤ人は旧市街より追放され、イスラエルからは限られた時期にアラブ人のみが入国することができた。このため、イスラエルのユダヤ人は嘆きの壁を訪れることができなかった。1967年にイスラエルが旧市街を占領したことによって、イスラエルのユダヤ人は再び聖地を訪れることが可能となった。

一方、イスラエルにはアラブ人のイスラム教徒が一定数存在していたため、イスラエル統治下ではイスラム教徒が聖地を訪れることは可能となった。

しかし、現在でもイスラエルと国交のないアラブ国家は多く、そういった国の国民であるイスラム教徒はイスラエルに入国できないため、エルサレムにも行くことはできない。

旧市街は「エルサレムの旧市街とその城壁群」の名で1981年に世界遺産に登録された(ヨルダンによる申請)。

 

西エルサレム 元々のパレスチナ人の村の跡地にはナビー・アカシャ・モスクのような建物も残るが、 西側は新市街と呼ばれる近代的な都市で、1949年以前のエルサレム市域の80%を占める。 1950年にイスラエルが西エルサレムを占領するとテルアビブより首都が移され、 ヘブライ大学、イスラエル博物館、ハイテク工業団地や国会、各省庁などが立地する、 イスラエルの政治・文化の中心となった。 ただし、国防省に関しては、軍事的な観点で、エルサレムではなくテルアビブに立地している。 メインストリートは旧市街のヤッフォ門から北西に伸びるヤッフォ通りで、市庁舎や市場、 西端には中央バスターミナルがあり、ライトレールも走っている。 途中のシオン広場から西へ延びるベン・イェフダ通りは繁華街となっている。 西エルサレムの北東にあるメーアー・シェアーリームはユダヤ教超正統派の町として知られ、 東欧やロシアから移住して来た当時のたたずまいを残す町並みとなっている。 エルサレムの西端には国立共同墓地であるヘルツルの丘があり、 テオドール・ヘルツルやレヴィ・エシュコル、ゴルダ・メイア、イツハク・ラビンなどが埋葬されている。 この丘の西側にはホロコースト博物館であるヤド・ヴァシェムが立っている。

東エルサレム

第一次中東戦争(1948~1949年)によってヨルダンの支配下に置かれた地区が東エルサレムである。

1949年以前のエルサレム市域の20%を占めるが、本来のエルサレムである城壁に囲まれた旧市街は東エルサレムに含まれ、1967年の第三次中東戦争によってイスラエルに占領された。占領後、イスラエルは旧ヨルダン領の28の地方自治体をエルサレムに統合し、エルサレムの面積は大幅に拡大した。この新市域にイスラエルは大型のユダヤ人入植地を次々と建設している。

旧市街のすぐ東にはオリーブ山がある。ここはイエス・キリストの足跡が多く、多くのキリスト教徒が訪れるほか、旧約聖書ゼカリヤ書においても、最後の審判の日に神が現れ、死者がよみがえる場所とされているため、ユダヤ人の聖地ともなっている。

 

旧市街の北側には、ロックフェラー博物館や、中東における聖公会主教座聖堂である聖ジョージ大聖堂がある。旧市街の南側にはシオンの山(丘)があり、ダビデ王の墓やキリストにかかわる旧跡がある。

エルサレムは地中海性気候に区分されており、冬に一定の降水があるが夏は日ざしが強く乾燥する。冬には一、二度の軽い降雪があるが、平均すると三、四年ごとにまとまったが降る。1月が一年で最も寒い月で、最も暑いのは7月と8月である。昼夜の寒暖差が大きいため、大抵は夏でさえ晩には涼しくなる。年平均降水量は590mm程度で、そのほとんどは10月から5月の間に降る。

 

テルアビブ・エルサレム間

高速道路で1時間、エゲッドバスが急行で1時間3本程度テルアビブの中央バスセンターから出ている。

エルサレム市内はエゲッドバスが網羅している。

 

死海・南北の各都市

エゲッドバスはヤッファ通り西端にあるエルサレム中央バスセンターに発着し、そこからヨルダン川西岸を抜け、死海沿岸を通りゴラン高原方面へ北上するものや、同じく死海沿岸のリゾート地を通ってネゲブ方面へ南下するもの、テルアビブやハイファなど国内主要都市へ向けて走るものなど、国内全域に路線網がある。

 

鉄道

エルサレム・マルハ駅とロード、テルアビブを1時間強で結ぶ路線(テルアビブ=エルサレム線)がある。

 

市内ライトレール

2011年12月1日にはエルサレム・ライトレールが、西のヘルツルの丘から中央バスステーション、ヤッファ通りを抜け、旧市街北西をかすめて東エルサレムへと向かう路線の営業を開始した。

1回券が6.90シュケル、10回券が55.20シュケル、1か月パスが246.00シュケルである。その他、高齢者や学生、障害者向けの割引運賃がある。また、イスラエル軍兵士や警察官は無料で乗車ができる。

【引用】

ウィキペディアの執筆者,2019,「エルサレム」『ウィキペディア日本語版』,(2019年2月27日取得,https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%82%B5%E3%83%AC%E3%83%A0&oldid=71811498

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